ハンス・ギーベンラント君の憂鬱

車輪の下 (新潮文庫)

車輪の下 (新潮文庫)

ハンスくんって誰だったっけ?と思ったあなた。「車輪の下」に出てくる繊細な優等生ですよ。
誰でも一度は読んだことのあるこの作品が、今度の読書会の課題本なんですよね。
そして、誰でもどこかの時点で受験勉強をするはずだから、天才や神童でなくても、彼の辛さに共感する部分があると思います。私は中学受験のときの精神の不安定さを思い出すんですよね。かけもちしている塾の盛り沢山な課題を睡眠時間を削ってやっつける日々。自分でも無理していることは分かっているんだけど、受験さえ終われば、この苦しい日々に終わりは来るのだろうか?もしずっと続くようだったらどうしよう。
ときどき自分が呼吸をしているリズムが気になりだして、意識して息をコントロールし始めると、永遠に自分は自然に呼吸ができなくなるのではないかという不安。それに伴う動悸のようなもの。神経過敏でしたね、あの頃は。
芥川龍之介ではないけれど、将来気が狂うのではないかと無闇に心配していたときもありました。その落ち着かない様子を家族に真面目に心配されて、ああ親を心配させてはいけない、自分が心をしっかり持たなくては、と急にしゃんとした、というユングだかフロイトと全く同様の経験をしたんですよね。結構、自分自身って思い込みで出来ているのかな。
私が幸運だったのは、ともすれば学業成績が唯一の価値観になりがちな学校生活において、勉強をすること自体は、その当時なりたかった「研究者」への道へと続いていたことです。だから、学業を「無意味」とは決して思いませんでした。後に、研究者になることに関しては大きく挫折をすることになるのですが…。

ハンス君の場合、周囲の期待に流されすぎちゃったかな、と思うのですよね。もちろん期待に応えたい、というのも自分の欲望なのだけど、自分の人生なのに、将来展望がなさすぎ。そのくせ、他人の職業を馬鹿にしていたりして。脆弱な秀才くんなんだよね。この時代、一度レールを外れるとやり直しがきかない、という不自由さもあったのかもしれないにしろ。小説ではハンスの行動は細かく描写しているけれど、胸のうちについてはそれほどでもないので、「何を考えていたの?」「生きるための別の道はもっとあったんじゃないの?」と歯がゆくなってしまう読後です。

生きることにとまどいを覚え、どことなく死に近い存在であった若い頃とは違い、生きることの方が当たり前になってきた30代も後半な私なのでした。それでもみずみずしい感性を忘れないようにしたいものです。