海と毒薬とゴルフと氷点下の初秋

ある昼下がりのこと。わが部署にはそれなりの人数が出勤しておりましたが、会議があるとのことで、残されたのは一般職女性と私だけ。こういうときは格好のチャンスで、その方にいろいろと会社の仕組みや秘密の話などを聞くのでありました。2時間ぐらいすると、皆はいったんデスクに戻ってきて、組み合わせを変えてまたどこかへと散っていきました。ふと気がつくと例の不思議青年T君がこちらを見ています。

「二人きりだね…。」

この言葉に妙に焦った私は、「さっきもIさんと二人きりだったんですよ〜。」と急いで返答し、妙な雰囲気にならないように努めるのでした。「鉄の心」と言っておきながら、こんなささいなことでビビってしまい、どこでもドアでいきなり南極に行ってしまったかのように凍えてしまった弱き心に恥じ入ります。
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うちの部署には定年間際のおじさま達が数人いますが、皆さんゴルフ好きのようで、しきりに私を誘うのですよね。まぁ私の立派な体格では、どれくらいボールが飛ぶものだか知りたいのでしょうな。無理もないことです。(笑)現在はジムに通うか、おもいきってゴルフを始めてみるかで迷っております。コースには出てみたいんですけどね、一生に一度くらいは。
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課題図書で指定を受け、久しぶりに遠藤周作の「海と毒薬」を読みました。以前、J大の医師が交際相手を不同意堕胎させた、というニュースがありましたが、このときリアル「海と毒薬」だな、という感想を抱いたのですよね。あらためて読んでみると、人体実験に参加してしまった主人公の勝呂医師よりも同僚の戸田が気になって、気になって。いつものとおり、F先生の鋭いご指摘によると、戸田には「神」がいないので、どこまで自分がひどいことをしたら罰を受けるのか、罪悪感を感じるのか、を求めてどんどんエスカレートしていくのだと。私は自分と戸田との間に奇妙な共通点があることに気づき、彼が今後どうなるかについてもっと記述して欲しかったなぁと思いました。私の場合、何かを強烈に感じたくてもふさわしいときに感情が動かず、心が空っぽな自分を認識するだけのときがあると前にブログで書きました。それがなぜなのか、というのを自分なりに考えてみたのですが、結局、他人の視線を気にしすぎた結果、感じたことが素直に表出してこないのですね。絶対、何がしかは心の奥で感じているはずなのです。でも自分でもそれを認識する前に打ち消してしまう。私の反応を観察している他人がいるから。戸田も周囲の人の前で演技ばかりしている人間で、自分のリアルな感情を隠し続けた結果、何も感じられなくなっているのでしょう。おかしかったのは、戸田が勝呂に向かって「強くなければ、どう生きられる」と言うセリフ。私の標語「鉄の心をもて。」とも通ずるところがあって、ますます他人とは思えないのでした。しかし、戸田は人間失格の葉蔵にも似ているのでは?と指摘され、太宰嫌いの私はちょっとショックを受けたのでありました。